30日、久々に研究室を離れ、Mは父親の入院する病院へと向かった。
Mの父親はこの日、心臓冠動脈バイパス手術を受けた。Mは最近研究の一環で実際の心臓手術を執刀医のすぐ横で見学する機会が三度あった。自分の父親がどのような処置を受けたのか、とてもよく想像できた。
手術が終了する時間を見計らって病院に着くと、集中治療室の前で母親と、父親の兄がベンチに座って面会時間を待っていた。話によると面会は5分まで、ということらしかった。そこでMは初めて術前父がどんな様子だったかを聞かされた。ひどくナーバスになっていたそうだが、それはMには想像し難いことだった。名前を呼ばれて入っていくと、様々な機器や管に繋がれた父親がベッドに横たわっていた。足の先から頭まで真っ白で、血の気がまったくなかった。胸にはメスとレーザーと電気ドリルと針金によってこしらえられた真っ赤な線が走っていた。Mは父親の顔を覗き込んで、「どうですか」と声をかけた。父親に向かって、「どうですか」と言うのも変な感じがしたが、雰囲気に圧倒されて他に言いようが無かった。こんなときくらい気の利いたことを言ってみたかったのだが、Mは父親と真面目な会話をすることにどうしても言いようのない照れを感じてしまうのだ。Mの問いかけに彼の父親は苦しそうに瞬きをして、頷こうとしていた。4時間弱かけて見舞いに来たが、Mは5分あった面会時間でも一分で出てしまった。これ以上見ていられない、という感じだ。実際の手術を見て、医療に対する信頼もあったはずなのだが、父親の姿を見て始めて、Mは心底暗い気持ちになってしまった。
これはどちらかというと笑い話なのだが、Mは父親の髪の毛が一週間前に見たときのそれより後退していることに気がついた。額の面積が明らかに広くなっているのだ。母親曰く、手術前の恐怖とストレスによるものらしいが、本人が「おでこのこんなところに今までみたことなかった傷がある」と気付いたらしい。まぁとにかく、早く良くなって欲しいものである。
Posted by miyoshi at July 31, 2003 10:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0) | Clip!! | Edit
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