1月6日、数ヶ月前からNと企画していた同窓会を決行。
Nと知り合った、アメリカオハイオ州コロンバス日本語補習校の同窓会だ。
補習校というのは、アメリカの現地の学校に通う日本人の子供たちが、週に一度、
毎週土曜に通う文部省(当時)による学校施設。そこに通うほとんどの子達が
毎週土曜日を楽しみに毎日を過ごしていたように思う。自分も例外ではない。
週末は必ず補習校の友達と遊んだ。毎週誰かの家に泊まるか誰かが泊まりにくるか。
自分の家はまわりの日本人が住むエリアとは少し離れた地区にあったので、車で
送り迎えをする親御さん方にほんのすこし嫌がられたりしていたものだ。
その頃の友達のほとんどと、中学以来会っていない。小学校で帰国してしまった子も
いるので、そういう子達とは10年以上会っていないことになる。みんなどこで
どうしているのか全く想像がつかないし、連絡を取れるかどうか途方もない話に
なりそうだった。
しかし、友達の友達と連絡先を少しずつ繋げていき、珍しい名前の子はネットで検索
をかけ、ひっかかったウェブの管理者や所属団体にメールを送ったりするなどして
なんとか二十数人の連絡先を集めるに至った。
連絡先がついたけど残念ながら参加できなかった数名を除いて、声をかけたほとんど
の人が参加できることになった。
場所は、Nの親戚が経営する都内の幼稚園。新年会ラッシュで混みあう居酒屋では
10年ぶりの再会をゆっくり味わえない、と考えた場所だ。場所を貸してくれただけ
でなく、積極的に準備を手伝ってくれたNの伯父さんに心から感謝。
当日、寒稽古を終えて、馬場のNの部屋でその日の料理二十人分をたった一人で(!)作って
くれたCをピックアップし、昼過ぎに幼稚園に到着。それから開始の6時半まで幼稚園
を片付けたり物を配置したり買出しにいったりして準備に追われた。
そして、夜になり、ぱらぱらと人が集まり始めた。どれも懐かしい顔で、全く変わって
ない奴もいれば、名前を聞いたりエピソードを聞かなければ分からない子もいた。
近況報告が済んだあとは、単に昔を懐かしんだり、曖昧な記憶としてしか残っていない
出来事を掘り下げたり、会は一晩中楽しく進行した。ほとんど翌日まで残ってくれた
のが嬉しい。また、近いうちに、今度は同窓会としてではなく、今を一緒に楽しむ
仲間として集まりたい。
その日の写真。
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