Log No. 344

能楽堂デビュー

帰国中、兼ねてより一度見てみたかった「能」を鑑賞する機会を得た。

こんなウェブサイトで予習してから行った。
能の誘い

行ったのは、渋谷区松涛の住宅街にある「観世能楽堂」
観世能楽堂ウェブページ

当日券での観劇のため開演時間より1時間早く会場へ赴く。この日の演目は年間でも特に席代が高かったらしく、一人8400円した。

kanze.jpg今回見られた演目は以下の三つ。
・能 「敦盛」   関根 祥人
・狂言「文荷」   野村 萬
・能 「隅田川」  梅若 万三郎

今回初めて知ったのだけど、「能」というのは幽霊との対話がとても多いらしく、この「敦盛」も平家物語の英雄である「敦盛」の霊が登場する。ちなみに織田信長がよく口にしたという「人間五十年〜」という文句は「敦盛」の台詞らしいが、あれは能ではなく「幸若舞」という芸能の演目である「敦盛」らしい。

今回能を見て、まず思ったのが、「現代の一般的な感覚では、これはエンターテイニングではない」ということ。かなり、相当、真剣に、眠かった。周りを見回しても、寝てる人が大量にいた。事前予習のサイトにも「眠くなったら寝てもいいです」とか書いてあるし。

台詞回しはお経のような独特の口調なんだけど、慣れてくるとそれが非常に単調に聞こえてくる。古語なので台本に目を通しながらでないと聞き取れない。異様に台詞回しもゆっくりなので、台本を見ていて言うことが分かってると、永遠に話が進まないように感じられて眠くなるのだ。歌や踊りのような、盛り上がるようなイベントも少ない。「敦盛」ではクライマックスに非常に見ごたえと迫力のある素晴らしい舞があって、あれには興奮したけれど。「隅田川」ではそのようなパフォーマンスは一切無かった。

狂言の「文荷」は、とても分かりやすいコメディーでとても楽しめた。能とは打って変わって登場人物の表情が豊かになって、台詞も口語だからなのか途端に聞き取りやすい。昔も今も笑うところは同じだったんだなぁと不思議な感慨があった。「敦盛」のクライマックスに続き、この狂言で完全に目が覚めたのか、「隅田川」はしっかりと最後まで集中して見ることができた。(と言ってもやはりそんなに「面白い」というところまでは思えなかった)

というわけで、能は自分には非常に眠い芸術だった。ただ、その眠気たるや、普段感じることができないほどに甘美な眠気で、もしかしたら周りで爆睡していた年配の方々はそのために能楽堂に足を運んでいるのかも・・・なんて冗談ではなく思ったりした。もうちょっと能が分かるようになったらもっと楽しめるのかもしれないなと思いつつも、やはり何年かに一回見られればいいやととりあえず思ってしまうのでした。

Posted by 344 at May 20, 2006 11:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0) | Clip!! | Edit

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