Log No. 344

蒼穹の昴

浅田次郎著、「蒼穹の昴」を読んだ。

新生面をひらく特別書下ろし超大作!
この物語を書くために私は作家になった。――浅田次郎

汝は必ずや西太后の財宝をことごとく手中におさむるであろう──。
中国清朝末期、貧しい農民の少年・春児(チュンル)は占い師の予言を信じて宦官になろうと決心した。 - amazonのレビューより

soukyu.jpgまさか2005年ももう終わるというこの次期に、これほどの作品に出会ってしまうとは!!つい最近年間ベスト小説を既に宣言してしまったが、これを読んでからでも遅くはなかったな。もちろん全くジャンルが違うので比較はできるわけもないのだが。タイトルだけは高校の頃からずっと気になっていた作品。先月親父から読んでみろと送られて読み始めた。表紙を開くとすぐに中国清朝歴代皇帝の系図が目に入り、これが中国清代を舞台にした作品だとその時初めて知った。読み終わってみれば、超一級のエンターテイメント!寝るのを忘れて読み耽った本なんて本当に久しぶりだ。単行本4冊に渡る長編だが一気に読んだ。小説を読む悦びを思い出させてくれる傑作。

物語冒頭、一人の糞拾いで生計を立てる少年と、その一帯の地主のぼんくら息子が、共に占い師によって将来の中国のトップに立つと予言される。ファンタジー風の中世サクセスロマンかな、と思って読み進める。序盤はこの一見ぼんくらに見えた青年が、科挙に登台していく様をみっちり描く。この辺の描写が、ホントに古来続いてきた中国という帝国の伝統に細かくて、物語中盤に差し掛かるまでこの物語は中世が舞台だと信じ込んでいた。実はこの物語は清が列強によって悉く侵食され崩壊していく近代の物語なのだが。科挙は、中国で清が崩壊するまで1300年間続いてきた巨大制度で、国家公務員試験のようなもの。中国は古来この科挙による完全学力主義で国を治めてきた。どんなに有力な大臣の子供でも、科挙を突破しないと役職につけない。そのエリート中のエリートを選抜する科挙に主人公の一人が挑んでいく様はそれだけでも興奮モノだった。

でもそれはほんの序章、科挙を突破すると、舞台は紫禁城に移り、清代末期に何代にも渡って専横政治を敷いた西太后や多くの宦官達が登場し、その生活が細かく描かれる。この作品では一般的には悪鬼のように思われている西太后が非常に人間的に描かれていることが印象的(人間的というか、妙にぶっとんでいて作中でも異色)。他にも登場人物は実に豊富で、そのどれもが非常に深い個性をもたせられている。中盤以降は、各国のジャーナリスト、特に日本の岡圭之介やニューヨーク・タイムズのトム・バートンが目立ち始め、物語の視点が彼らに移っていく。物語のスケールはやがて世界を巻き込み、伊藤博文やヴィヴァルディと「四季」まで登場してくるから面白い。この辺りからファンタジーっぽさ、サクセスロマンっぽさは薄れていき、本格的な歴史小説の様相を呈していく。いきさつはともかく、起こった出来事等は大体史実に忠実に描かれているらしい。

自分にとって作中最も印象的なキャラクターだったのは、李鴻章という人物。彼は実在した人物で、当時唯一の近代武装された軍を掌握していた大将軍。名前は覚えていなかったが歴史の教科書に出てきていたはず。日本史では、日清戦争の下関条約の調印に訪れた全権として登場する。日清戦争は、実は日本対清国ではなく、日本軍対李鴻章の私設軍だったというから驚き。これ史実らしいんだけど、軍の費用を自腹で出してたんだってこの人。とにかくこの人物が本当に魅力的に描かれていて、中盤は彼の独壇場だった。香港をイギリスに99年間明渡す交渉のくだりなど、実に痛快。世界史に詳しい人には特にニヤリとさせられる場面が多いんだろうな。

終盤は様々な立場の人間がそれぞれの想いを持って動きまわる群像劇という感じになるが、一人一人があまりに個性的なため全く混乱しない。伝統、維新、親子、義兄弟、陰謀、裏切り、正義、ジャーナリズム、様々なテーマが収束していく。そしてクライマックスへ。まさに感動の嵐だった。

読み終わるまでに何回泣いただろう(笑 とにかくこの作品を誰かと語りたくてしょうがなくなる、そんな作品。中国に興味が無い人にこそ読んで欲しい。

ちょっとだけ当時の情勢に詳しくなれるし、読み応えがあって「面白い」小説が読みたい人には文句無しにお勧めします。

Posted by 344 at December 15, 2005 01:37 PM | コメント (0) | トラックバック (0) | Clip!! | Edit

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